健やかな「不要」

あんまりこういうことを言うと誰かに怒られそうだけど、前々から「広報PR職なんて無くなったらいいと思っているんです」と、わかってくれそうな人には呟いている。

20代半ばでパブリックリレーションズ専任者として勤務していたデザイン企業でも、PR戦略ロードマップ上の目標に「PR部門が不要になること」を掲げ、ボスに提案した。それは、専任者が広報コミュニケーション活動をグイグイ進めるよりも、組織全体で、様々な現場を持つスタッフ一人ひとりが、自主的に声を上げ、行動を起こしたほうが健全だし、周囲からも信頼されると考えていたからだ。

そのためにはもちろん、チームの意識や言葉を揃えたり、スタッフがコミュニケーション活動をする上での組織的な奨励の仕組みが必要だ。だから、広報PR職はその設計運用部分の専門職としてシフトしていったらいい気がする(それを「コミュニケーション・デザイン」と呼んでもいいのもしれない)。

それでなくても、競合と差別化し、関心をひくための旧来型の情報発信やブランディングは、いずれ技術的な転換点を迎えて不要になると思う。サービスや製品はAIから適切にオススメされるだろうし、今までのように「人」にアプローチする必要はなくなるのではないか。

そんなモヤモヤしたことを、数日前、初対面の同業の方々にお話ししたら「わかる!!」と言ってもらえたのでとても救われた。「あときっと、採用人事も同じですよね。本来は専任職任せではなく全員で、自分事として自然にできたほうが健やかです」とおっしゃっていて、確かにそのとおりだなぁと思った。

広報コミュニケーション活動に魔法の杖的な動きを期待するよりは、ミスマッチを生まない関係づくりや、健やかな事業環境づくりに役立てていくほうが良いと思う。そしてそれすらもいずれ、じんわり溶け込んで役割として見えにくくなってしまえばいいなぁ……と本気で思うので、わたし自身は、自分のテリトリーと技術を固めることより、みんなで出来るようになることを考えていきたい。

できるかな。とりあえず、やってみよう。
健やかな不要を目指して。